好爺Gさんで、まいらう

やほおブログ難民だす

心豊かな暮らしを

岐路

洗濯を迫られる時がある。

そらぁ、汚れたもんしか手元に無くなった時だ。

選択を迫られる時がある。

それは、大抵は前も後ろも
谷の時だ。

そんな時ぁ、おいらは、
神さま何かに依存はしねぇ。

サイコロ投げるのも、
その結果を受け入れるのも
全てはおいら。

間違ぃよぉと正しかろうと、
おいらは、自分で選んだ道を
自分の歩き方で、
行くしか、ね。

それがおいら。

他の誰でもね、おいら。

孤低の道をただ歩く。

歩きに、歩く。

道ある限り、
なければ新たな道を
記しながら。